【暗いお話】今日は福島県相馬市に行きました

色々と考えさせられてしまう

私は仕事の関係で色々な所に行くことがあります。

某漫画雑誌の本社だったり様々ですが。

今日は福島県の相馬市に行くことになりました。

 

常磐道を進み続けると、終点の常磐富岡で降りて

国道6号線に出ます

国道6号は原発事故以降、今年の9月まで”帰還困難区域”として封鎖されていました

帰還困難、すごく重い言葉です

現に車以外の、徒歩、バイク、自転車は通行出来ません。

 

早朝の5時では、太陽は登らず、深夜も同然

封鎖されていた道路なだけに、街灯はありません。明かりは車のライトだけです。

目を凝らしてみると、まだまだ綺麗な建物が並ぶ道路でした。

ですが、その殆どに、バリケードが張られ

各町に続く脇道は封鎖され、暗い深淵の中に、赤く光る文字で 通行止め と書かれて封鎖されています。

ゴーストタウン

 

まさに、そんな感じですが

つい先程まで人が生活していた痕跡を残したまま、全てが捨てられた

捨てざるを得なかった町といった感じで、廃墟以上に、その異常さは恐怖よりも虚しさを感じさせます。

 

 

まるっきり生気を感じない

ところどころ、人は立っていますが、封鎖道路の番をする、警察官、警備会社の警備員など

その町の住民ではない人たちです。

寒空の下、誘導灯だけを持たされる彼らには、言葉では言い表せない切なさのようなものを感じます。

 

 

セブインイレブン、ローソン、すき家

どこの町にでもあり、24時間やっているお店です。

ですが、国道6号に並ぶそれらの商店は、シャッターを締めることなく

バリケードのみで、残されています。

 

かつてはこの通りも、多くのドライバー達が立ち寄り、彼らの空腹を満たしたであろう飲食店の数々

中には、結婚式場、石材屋なども、あの当時のまま、残されています。

 

街灯も、自動販売機も、明かりが点かない夜の国道は本当に、心の底から人の体から温もりを奪っていきます。

オバケすらもでない町、無の町と化した通りを1時間近く進んでいくと

 

ようやく、生気が感じられるものを見つけました。

 

それは、明かりのついた自動販売機でした。

その自動販売機は、ただ、明かりが付いているだけです。

お金を入れれば、飲み物が出てくる、普通の自動販売機

 

たったこれだけのことに、私は、生活をしている人たちが居るという希望を感じました。

 

それからしばらく進むと、セブンイレブン、ローソン、セルフのガソリンスタンド

どれも早朝のトラックドライバー達で溢れかえっています。

 

よやく、生活圏に出ることが出来た時は、本当に安堵しました。

ついつい揚げ鶏を買って食べましたが、普段食べ空きている味なのに、当たり前のものが食べれることが

なんて幸せなんだろうと、(今思うと恥ずかしい気持ちに)なりました。

 

此処から先、本当の意味で、安心したのは

車屋さんのショールームにクリスマスツリーのイルミネーションが飾られ、夜通し光っていたのを見た時

「ここはちゃんと生活が出来る場所なんだ」と感じました。

 

 

仕事を済ませ、帰りはお日様も上り、周囲は完全に明るい世界になり

来た道を戻ると、今度はまた悲しい気持ちになりました。

 

夜中は誰も居なかった道路に、沢山の人が歩いています。

 

彼らは”除染作業”をする作業員です。

防寒具に見を包みながら、白いマスクをつけて、雑草を刈り取り

沢山の汚染された雑草を黒いゴミ袋に入れています。

 

明るくなることで分かったのは、広く果てしない山々、そして雑草生い茂る田んぼの跡地、あぜ道

駐車場のアスファルトを突き破って生えてくる、1メートル以上に伸びた、名も無き雑草

 

 

彼らは、延々と、汚染された草木を刈り取ります。

刈り取った草はいつしか、また生えてきます

そして、また汚染されれば、刈られを繰り返す、なにか、賽の河原の鬼が、子どもたちの積み上げた石を崩しに来る

そんな光景を思い出してしまいます。

 

徒歩での移動が禁止の区域に、立たされ作業をする人たちは

私はどういう思いなのかを考えると、思考を放棄してしまいたくなるほど、重い気持ちになります。

 

ただ、私は、そこに愛があると思っています。

 

唯一、警察官、警備員、作業員、以外の人を見かけました。

 

それは割烹着を着た、おばあさんでした。

おばあさんは、作業員が行き交う歩道をせっせと、箒で掃除していました

わずか一瞬の光景でしたが、そのシーンだけで、皆が逃げた場所に残り、箒で掃除をするという普通の光景に

 

故郷というものに対する愛があるが故になせる、非日常の中の、日常なのだと気付かされました。

 

徒歩での通行禁止の区域なのですが、少なくともギリギリの場所で生活をして、作業員の人と交流を持っているというのはきっと、私には考えが及ばないドラマがあるとは思いますが、それは詮索するのは野暮というものでしょう。

 

いつしか、国道6号線沿いの町並みがかつてに戻る日が来ることを切に願います。

以前福島に来た時は震災前なのでマギー司郎の看板が田んぼの端に建っていて個人的には好きでしたが、今は、あの時から時間が停止していることを考えると

胸が痛みます。長々と書きましたが、誰か僕のビジフォンのラッピースーツ1億で買ってください。

 

裁鬼(サバキ)でした。

Comments

  • Member: 16th Night

    福島以北の被災地とは、まったく違った風景ですね。私の地元の沿岸は、津波により破壊または更地にされてしまいました。
    非常にゆっくりではありますが、復興の形として街が再建されて来ています。街の形が有るのに人々が居られないのは、遣り切れない思いを感じてしまいます。
    …私は普通のラッピースーツも持っている黒ラッピーですので、ご期待には添えません。ご容赦くださいね?

    2014.12.06 12:00 PM | 返信

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